その他 転職

休職したことで転職を考えるようになったシステムエンジニア

2019年10月7日

転職経験が一回ある。
転職とは一般的には務めている企業が変わることを言う。
ただし出向や会社が合併した事でも会社が変わる。

ということで言えば、私は以下のような職歴をたどっている。

  • 私は子会社に出向
  • 子会社が子会社を作り、そこに出向
  • その子会社の子会社と子会社が合併
  • 子会社が親会社に吸収され出向解除
  • その会社が別の会社に買収され知らない人が多い部署に異動

これは転職というのか?その時時の上司にうっとおしがられて次々と別の子会社にたらい回しにされたとも思えなくない。というか、上司に楯突く正確だったため、私の推測は合っている。
だが世間一般の転職というイメージとは違うであろう。

転職
NOAAよるUnsplashの写真

転職とは雇用主が変わる事だとすると会社が買収されたら雇用主が変わる。務めていた会社が買収された時、私は給料を減らされた。買収された会社の辛さだ。嫌ならやめれば?自分も誰かに言ったことがあるかもしれない。買収されて年収200万ダウン。元に戻るのに5年かかった。

転職とは自分から辞表を出して別の会社に就職すること。こう考えると自分の転職経験が一回というのはしっくり来る。
私の場合はシステムエンジニアで大企業の東京勤務から中小企業の地元の会社に転職となった。
その時に体型したことをシェアすることで東京への一極集中、地方の過疎化問題の解決に貢献できるのでは?
激流に逆らう小魚みたいなものだが逆らってみよう。

目次【本記事の内容】

転職を考え出すきっかけ

先輩が定年退職

仕事を15年ほど一緒に仕事をしていた先輩が65歳で定年退職。
その先輩とは一緒に客先に同行して業界知識があまりなかった私に色々教えてもらった。
いや、教えてもらったというのは言い過ぎか。その先輩の背中をみて学ばせてもらったと言うべきだろう。

鬼軍曹。その先輩のあだ名。尊敬の意味を込めて、半分はもう少し優しく接してくれよという意味を込めてみんなからそう呼ばれていた。
そんな先輩も定年を直前にして最後の2年ぐらいはおとなしくなり、まだ働きたいんだけどなと言っていたが、会社を去っていった。

私の年だと65歳までは20年以上ある。先輩が辞めていくのを見送り、果たして自分はあと20年も同じようなプロジェクトを繰り返しやっていくのだろうか?それで良いのだろうか?それから自分にそう問いかけることが多くなった。

先輩の死

鬼軍曹先輩が退職する7年ほど前。一つの事件があった。

死

私が新人時代から知っている先輩で、たまにプロジェクトが一緒になっている先輩がいた。その当時50歳過ぎ。親会社のときは同じ部署だったが、プロジェクトが違ったのでそれほど接する機会はなかった。でも同じ子会社に出向してプロジェクトを一緒にするようになって、たまにご飯を一緒に食べに行ったりしてよく話すようになった。

その子会社はベンチャー企業だったのでプロジェクトの労働環境は劣悪。私は4年の間、年に1400時間は残業をしていた。もうすぐ顧客へのサービス開始で最後の仕上げというときである。
その先輩が会社最寄り駅のトイレでクビを吊って自殺した。

そういえばこの一週間特につらそうだった。廊下を歩いていても足取りがおぼつかず、声をかけたが返事に力がなかった。話した時にきつい匂いがした。風呂にも入っていないのだろう。肩を貸して何とか自席に座らせた。
座っていてもつらそうだ。もう帰ったほうが良いんじゃないですか?そう聞いたが、担当しているモジュールでバグが取れないそうだ。まだ帰れない。

それがその先輩と言葉を交わした最後になってしまった。その先輩には子供が二人いて、ふたりとも高校生。葬式の時に会ったが、悪ガキで手を焼いていると聞いていたが、真面目そうな子だった。

我が身の体調不良

その先輩に葬式の時に最後の話をした。こんな悲惨なことが二度と起こらないように自分のスキルを高めてトラブルプロジェクト絶対出さない。そう誓った。

それなのに自分が重要なポジションでやっていたプロジェクトがトラブルになってしまった。設計チームのリーダー。設計が悪いからと言う理由でプロジェクトが遅延している。連日の残業。世間からはホワイト企業と呼ばれていたが、私のチームは別世界。毎月とんでもない残業だった。元旦だけ休んてそれから4月になるまで休み無しで働いた。
それでもGWにはシステムをリリースできないと会社通しの役員が話し合い決断。リリースは年末まで延期になった。

私が正月から休み無しで働いていたことを気にかけていた上司のはからいで、9連休を取得した。帰る時には明日から温泉にでもいくかなと思いながら久しぶりの休みを満喫しようと思っていた。

次の日。朝起きると体が動かない。妙にだるい。いつもだったら朝ごはんにオニギリ二個はたべるのに、100m先のコンビニに行くことすら出来ない。

ちょっと疲れが溜まっているのかな。その時はそんなふうにしか思わなかったのだが、結局9連休は家でゴロゴロして過ごすことになってしまった。
9連休をとってから年末に向けてリリースをしなければならない為、また忙しい日々がはじまった。システムの切替チャンスは年末年始を逃すと翌年のゴールデンウィークまで無い。
是が非でもリリースしなければならない。システム会社の私達もお客様のIT部門の人たちもがんばった。

システム切替の時、設計のリーダーだった私はデータ移行の陣頭指揮をとらなければならない。大晦日から三徹。帰れたのは1月3日だった。丁度マンションからカップルが出てくるところに鉢合わせた。
「3日から仕事なんてブラック企業かよ」
彼氏が不満そうに言っている。おいおい、俺は大晦日から寝てねんだよ。と思って久しぶりのベッドを満喫。
リリースしてからもトラブルが相次いでなんとか落ち着いてきた。

そしたら残業が多い人には産業医面談があるので直ぐに受けてくださいと連絡。別になんともないけどなと思い、面談を受けた時に睡眠時間について聞かれた。

正月に三徹して依頼、平均睡眠時間が二時間ぐらいで平気になっていた私はそう答えた。
「あんた、死ぬよ」
そう先生から言われた睡眠薬を処方され、その日は薬を飲んで寝た。

やっぱり次の日起きれず、しばらく午後から出社する日々が続いた。そしたら産業医の先生から休みましょうと休職の通告。
しばらく休んで職場に復帰したら、私がいなくても普通に仕事が遂行されているのを目の当たりにした。

やりがいを感じなくなった

スキルのコモディティ化

休んでいたため、管理職からも外された。私がいなくても仕事は円滑に遂行されていく。さて、仕事探しである。何か私にすることは有るだろうか?
周りの人に聞いて回る。困っていることは無い?→無い。→無い。無い。

ふっ、これが社内失業というやつか。自分には関係ないことだと思っていたが、案外簡単になるものである。本当に失業していないだけに職安に相談できないのが辛いところだ。自分で探した仕事で設計書のレビューや品質改善に取り組む作業を始めたものの、直ぐに仕事が終わってしまう。私は裁量労働だったので午後三時ぐらいにかえって近所の図書館に行ったりしていた。
忙しい時には他に人はいねえのか?という状況だったのが、暇になったら寂しい。

そんな時に転職本を図書館で読むようになった。自己分析をしましょう。ほとんどの転職本に書いています。
自分のスキルレベルはどうか?
プロジェクトマネージャとしては社内格付で上の方だったかまだ上にはすごい人が居る。数百人規模のプロジェクトマネージャができる人。役員手前レベルのスキルを持っている人だ。しかし、世の中の流れでそんな大規模プロジェクトは今後減っていくだろう。そうすると自分に更に上の格付けにチャレンジするチャンスは回ってこない。

社内フリーエージェント制があるのだが、それを見ても自分にはピンとこなかった。これから20年先まで仕事をするのに、おんなじような事をしていて良いのか?新天地を探したほうが良いのでは?そんな気持ちが盛り上がっていった。盛り上がりすぎて転職エージェントに一気に5社登録した。

大学時代に学んだ経営学

私は大学時代は経営学部で勉強した90年代半ばのことだ。日本のバブル崩壊で製造業が苦戦した時代。ウィンテルが全盛の時代。これから世の中変わるよ。インターネットで変わるよ。既存の産業がどんどん衰退するよ。先生が口癖のように言っていた事だ。
ただ、もう一つ先生が言っていたことで思い出すことがある。パソコンはこれからどんどんコモディティ化するよ。きっと日本のパソコンメーカーはどんどん潰れるよ。でもね、ある分野でコモディティ化しても別の分野に行くとコモディティ化されていないことあるのよ。だからみんなも会社にはいって他の人と競争になった時にどこかに競争のないところはないかって探したほうが良いよ。

20年ぐらい前に教わった話だ。今になって聞いてもなるほどなと思えることでそれを20年前に言っていたというのはさすがは大学の先生である。当時30半ばだったから今の私より若い人なのだが。

Change

生き残り戦略

そこで私はどういう会社に転職すれば今の会社でコモディティ化している自分を高く買ってくれる会社があるだろうか考えた。

同じようなシステムインテグレータだと私と同じようなスキルレベルの人はたくさんいるだろう。

そういう時は振り幅を大きく考えろ。真逆を考えろ。その先生がよく言っていたことだ。

だったら中小企業で地方の会社の方が良いんじゃないかと思えてきた。中小企業だったらプロジェクトと言っても数百人が関わるプロジェクトは無いだろう。私と同じような経験をしている人は少ないはずである。世の中では中小企業の人材不足が叫ばれていた。丁度そんなときだから、ベンチャーや中小企業で働くもの良いかもなと確信するようになった。

まとめ

私が転職を考える切っ掛けについて書き出したらだいぶ長くなってしまいました。今から振り返ると、体調壊して休んだことが自分の人生を振り返るきっかけをくれたのかなと思います。ずっと忙しく働いていたら転職しようなんて考えなかったかもしれません。
人間万事塞翁が馬
良かったのか悪かったのか判断するのは自分しかできない。きっと良い決断をしたんだと思い明日に向かって行こうではありませんか。

 

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